マレーシアのジャングルで
1996年、東京農業大学で熱帯果樹を学んでいた私は、海外研修でマレーシア・ケランタン州のジャングルへ渡りました。電話も電気も水道もない土地。連絡手段は大きなトランシーバーひとつ。着いてすぐ、現地のボスに言われた言葉は「生きて日本に帰りなさい」。道路には「象注意」の標識が立っていました。
買い物は市場で。肉は塊で吊るされていて、好きなところを切ってもらう。それでも、身体も心も慣れてしまえば、人間はどこでも生きていける ―― そう思えるようになりました。
イスラム教に出会ったのも、この土地です。気がつくと、まわりはみんなイスラム教徒でした。ヒジャブを初めて見たのもここ。「どうして暑いのに、みんな同じものを被っているんだろう」。当時の私は、その程度にしか思っていませんでした。
前の仕事と、子育て
帰国して卒業し、農業関係の企業に就職しました。仕事に夢中で、男性中心の会社で女性初の主任になり、最大の部署を任されました。
けれど30代、「土日に働けない者は社員と認めない」という会社で、子どもを産めば社員でいられないことは、はっきりしていました。不妊治療のすえ、2009年に長女を出産。その約1年後に会社を辞めました。
育児には休憩も休日もありませんでした。日中に怒ってしまったことを、子どもが寝てから「ごめんね」と謝る日々。福島に友人はおらず、広場をまわってママ友の輪を広げました。
そのなかで、たくさんの子育て中の女性に出会いました。みんな有能で、忍耐強く、行動力がある。その力が社会で活かされていないのは、もったいない ―― そう強く感じるようになりました。
「もったいない力」と「もったいない物」
同じ状況で会社を辞めた女性が多いと知り、「この人たちの力を活かせる会社をつくりたい」と考えました。
商材を思いめぐらせたとき、学生時代に見たヒジャブを思い出しました。調べてみると、ムスリムの市場は想像もしなかった大きさでした ―― 世界の約3人に1人、しかも増え続けている。そして日本には、ヒジャブを製造する会社がありませんでした。
2016年2月、福島県白河市に合同会社 WATASI JAPAN を設立。福島の子育て中の女性が集まり、企画から製造・販売までを手がけています。
「もったいない力(子育て中の女性)」×「もったいない物(捨てられていく着物)」。これが出発点です。
社名「WATASI」の3つの意味
- 私(わたし) ―― 子育て中の女性の思いを、イスラムの女性の思いを、大切に
- 和(わ)を足す ―― 日本の調和の心を
- 渡し(わたし) ―― 日本と世界を橋渡しする
日本の女性から、イスラムの女性へ。
着物へ
日本では着物産業が衰退し、行き場を失った着物が増えています。
ある仕入先で聞いた話です。着物を売りに来る人の多くは、老人ホームに入るとき、家族と一緒に来る。「これは思い出の品だから売らないで」と言いながら家族に説得され、売られていく着物を、そのおばあさんはじっと見ている。仕入先の方に「大切にされてきたお着物ですから、必ず再生させてください」と言われ、身が引き締まりました。
持ち帰った着物を一枚ずつほどき、洗い、アイロンをかけ、裁ち直すと、驚くような輝きのある一着に生まれ変わりました。
結婚式で母親が着る黒留袖には、「子どもに幸せになってほしい」という願いを込めた文様が多く描かれています。着る物に子への想いを託す ―― 着物は、日本の女性の美しさそのものだと思うのです。
まず、現地へ
「行かなければわからない」と、2015年にマレーシアへ渡り、市場を見て回りました。ファッションとしてのヒジャブ、「ムスリムファッション」という世界があることを知りました。
その半年後にテスト販売をして、現地と日本の価格差、「こちらが売りたいもの」と「現地が買いたいもの」の違いを痛感しました。海外で売ることの難しさを、身をもって知りました。
だからまず、日本から。在日ムスリムの方々と交流し、話を聞き、改良を重ねるなかで、「日本でヒジャブを作って売ることが、日本のイスラムへの偏見をなくし、在日ムスリムの光になる」と言っていただきました。
ものづくりを、地域で
子育て中の女性への内職委託から始まり、いまは白河市の縫製工場と提携し、70代のベテラン縫製士に弟子入りして技術を受け継いでいます。着物をほどく工程は、地域の福祉施設が担っています。
解く、洗う、プレスする、裁つ、縫う ―― 地域のいろいろな立場の人が、工程を分け合っています。
→ 詳しくは ものづくり へ
「知ること」から
事業を進めるうちに、多くのイスラム教徒の方に会い、話を聞きました。そして、日本にはイスラムへの偏見が多いと知りました。生のイスラムに接したことがなく、偏った情報だけが流れているからです。
インドネシアでヒジャブの調査をしたとき、「日本人こそムスリムだね」と言われました。東日本大震災の映像で、被災地の人々が給水場で順番を守って並び、助け合う姿を見て、「これが本当のイスラムの姿だ」と感動した、と。
大塚のモスクで「福島から来ました」と言うと、「福島の方々はお元気ですか」と返されました。震災の直後、モスクの方々を中心に、イスラム教徒が東京から福島へ炊き出しに来てくださっていたのです。安全な東京から、どうなるかわからない福島へ。涙がこぼれました。
あるイスラム教徒の女性は、「イスラム教徒ではないあなたたちがヒジャブを作ってくれることが、とても嬉しい」と言ってくれました。
福島には、いまも原発事故の偏見があります。イスラム教徒も、偏見を持たれています。偏見は、知らないことから生まれる。 美しいもの同士を掛け合わせることが、互いの文化を前向きに知る入口になる ―― それが WATASI JAPAN の願いです。
これから
おばあちゃん、そのまたおばあちゃんが大切にしてきた着物を、現代の日本の女性の手でヒジャブに再生する。そこに込められた「子どもに幸せになってほしい」という世界共通の願いを、国や宗教に関係なく、世界へ届けたい。
この一枚の布が、偏見のない世界への、小さなきっかけになりますように。
→ ものづくり/モデストファッションと WATASI JAPAN/メディア掲載・実績/公式ストア
代表プロフィール
名和 淳子(なわ じゅんこ)
- 1975年2月 愛知県生まれ、横浜育ち
- 1995年 東京農業大学 農学部 国際農業開発学科 編入(専攻:熱帯果樹)
- 1996年 マレーシア・ケランタン州にて農業研修のため1年休学
- 1998年 卒業、農業関連企業に入社
- 2009年12月 長女を出産
- 2010年12月 退社
- 2016年2月 合同会社 WATASI JAPAN 設立
- 2017年 ふるさとグローバルプロデューサー取得(中小企業庁 補助事業)
- 2019年 ふくしまベンチャーアワード 優秀賞(JBIA賞)受賞